輝きましょう、ライトワーカーたち
最近、カリフォルニア南部を激しい嵐が襲い、荒波がすべすべした小石を大量に打ち上げ、砂浜はすっかりそんな小石で覆われてしまいました。

うち寄せる大波が、カリフォルニア沿岸に3層もの深さに石ころを堆積させたので、浜辺を散歩するときはつるつるして滑りやすい石に足を取られないように注意しながら歩かなければなりませんでした。 私は周りの景色の美しさを楽しむことより、滑って怪我をしないようにと足元にばかり気を取られたので、いつものように、散歩を楽しむことができませんでした。

そのとき、パタパタという足音が聞こえました。 見上げるてみると、私のいるところから5フィート(150cmくらい)ほど上にある丘の小道を、一人の男性が犬を連れて小走りに駆けていたのです。 その男性は、丘の上の小道を楽々と走って行きました。 おそらく彼は私に気づいていたわけではないのですが、私は、彼のおかげで、浜辺の道よりずっと楽な道を見つけることができ、自然の美しさを思う存分に楽しめる散歩ができるようになったのです。

その男性が悠々と駆けていく姿を見るまで、海沿いの丘の上に小道があることは知りませんでした。 彼が私に気づいたわけでもなく、話しかけたわけでもなく、意図的に私を助けようとしたわけでもなかったということは、どうでもいいことです。 大事なのは、この男性が手本を見せてくれたおかげで、新たな高いレベルに上ることができたという事実です。

その丘の上の小道を早足で歩く私の足取りは、歩き慣れたその男性のように軽やかではありませんでしたが、その小道を歩きながら感じることができた心の平和に感謝しながら私は歩きました。 つるつる滑る石ころだらけの浜辺の上方にある丘で、私はリラックスし、眺めや、風が運ぶ潮の香りや、心地よい微風を楽しむことができたのです。
私たちは、ライトワーカーとして、人々を、より高く、より平和な道へ導くという、その男性とよく似た役割を常に果たしています。
ただ存在しているだけで、世の中に大きな影響を与えているということに、ほとんどの人は気づいていません。 しかし、それを示す証拠があります。 例えば、ライトワーカーの多くが、食料品店のようなごくありふれた店に入って行くだけで、そばにいる人々によく見つめられることがあると言います。 これは、明らかに、ライトワーカー特有の内なる輝きに人々が魅了されたからなのです。

また、よく人から助言を求められるというライトワーカーもいます。 どこへ行っても必ずといっていいぐらい、ヒーリングを行ったり、人に奉仕する機会に出遭うというライトワーカーもたくさんいます。

平和の意識を持ち続けることを使命とする私たちは、それ以外の道で苦労している人々に対する手本と言えます。 私たちの足並みがそろい、表情がこの上ない喜びに輝き、他人に手を差し伸べる振る舞いが思いやりにあふれていると、人々には分かるのです。 そして、それこそが人々に、より高く、幸せな道を示す、簡単で、きわめてノーマルな方法なのです。

私は、全米で開催しているワークショップで、何百人ものライトワーカーたちと話をしてきましたが、その多くが、スピリチュアルな目的を十分に成し遂げていないと感じていて、そのことが気がかりだと語っています。 そして、どのようにすれば「仕事に着手する」ことができ、聖なる使命をやり遂げることができるのか、と私に尋ねます。

また、行き詰まりを感じているライトワーカーたちも、非常によく見かけます。 というのは、使命を果たすには、圧倒的に複雑で、手間も費用もかかるような念入りなことをしなければならないと信じ込んでいるからです。

多くのライトワーカーが、より高い教育を受け、収入が増え、時間にゆとりができて初めて人を助けることができるとも考えています。 また、中には、人生の目的を果たすには、仕事を辞めたり、結婚生活を解消したり、人生の大きな方向転換をしなければならないと感じている人たちもいます。

しかし、海岸沿いの丘の小道で見た男性が示してくれたように、人を助けるためには、自分自身や自分の人生を変えたりする必要は無いのです。 人に援助の手を差し伸べるのに、正式な指導法や高度な教育や、完璧に癒された人生を送っていることは必ずしも必要ありません。

心のバランスが取れ、平和であれば良いのです。 そして、そのような心の状態は、どの人の中にも変わることなく備わっている神から授かった資質です。

人々が私たちライトワーカーの愛情あふれるふるまいに気づくと、それがきっかけとなって、人々の心の奥底にしまわれた記憶や感情を呼び覚ますのです。

スピリチュアリティなど意識したことのない人々も、ライトワーカーの輝きを見れば、感化されることでしょう。 この内なる輝きこそが人々を魅了して、あなたを見つめたり、何かを尋ねたり、クライアントとしてあなたの元にやって来たりするのです。
ですから、お店、郵便局、銀行、ガソリンスタンド、職場など、どこかへ出かける前には、思考を愛と光にフォーカスすることがとても重要です。
私たちは、心配事やストレスを抱え込む代わりに、スピリット(霊的存在)にすっかり委ねることを忘れてはなりません。 そのようにして、頭や心の中をきれいにすれば、私たちは自然に輝き始め、出会うすべての人を癒します。 その輝きとは、完璧な、大いなる愛とのつながりから発せられています。 その大いなる愛こそが奇跡の源なのです。

"A Course in Miracles(奇跡の学習コース)" という本の中に、「奇跡は、常に起こるもの。 奇跡は、会ったこともない人々を感動させ、気づきもしないところで、思いも寄らない変化を生む」という言葉があります。

海岸沿いの丘の小道で見た男性は、丘の小道での自分ののどかなジョギングが、私や、この文章を読んでくれている読者に気づきをもたらしたことなどまったく知りません。

さあ、彼の例にならって、低いところで滑ったり、ころんだりしている人々に、高いところにある道に上る方法を教えてあげましょう。 心配は必要ありません。 さあ、輝きましょう、ライトワーカーたち!
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